
今日は天神祭りの日
現在外では準備の試し打ちなのか「ポンポン」と花火の音が聞こえています。
当店は意外と近く、事務所からは花火がよく見えるのです。
気温は36度💦
暑くてジメジメした中でのお祭りになりそうです。
ですので少し涼しい気分になるお話を書きます。
時代は「夏の江戸」

照りつける日差し
土埃の舞う道
そんな中を、天秤棒を担いだ男が歩いていました。
暑い江戸の冷や水売りです。
「ひゃっこい、ひゃっこい~!」
その声を聞くと、道行く人々の足が止まります。
冷たさは、ただの水では生まれない
当時、氷は簡単に手に入るものではありませんでした。
冷蔵庫などない時代です。
それでも人々は「冷たい水」を求めていました。
では、水売りたちはどうしたのか。
答えは、井戸の中にありました。
深い井戸の底には、地表よりもひんやりとした水が眠っています。
水売りは早朝、まだ暑さが本格化する前にその水を汲み上げます。
そして布や桶を工夫し、できる限り温度を逃さないようにして売り歩いたのです。
氷がなくても、知恵さえあれば「冷たさ」は作り出せる。
そんな職人的な工夫が、江戸の夏を支えていました。
白玉と砂糖、束の間の贅沢
ただの冷たい水では終わりません。
そこに浮かぶのは、白くつるりとした玉(白玉)です。

白色でつるんとした涼し気な見た目。
もちもちとした食感。
口に含んだ瞬間のひんやりとした感触。
そこへ、少量の砂糖が加えられています。
当時、砂糖は決して安価なものではありませんでした。
それでも水売りたちは、ほんの少しの甘みを添えることで「特別な一杯」を演出していたのです。
糖分の入った軽いエネルギー飲料というわけです。
想像すると少し涼しくなりますね😄
値段にも、その違いがはっきりと表れていました。
白玉の入った水は一杯が四文
ただの水は一杯が一文
たった三文の差ですが、そこには「贅沢を味わえるかどうか」の境界線があったのです。
汗だくで歩いてきた旅人が、その一杯を口にする瞬間を想像してみてください。
冷たさと、ほのかな甘さ。
それはきっと、単なる水分補給ではなかったはずです。
常連にだけ許された、もうひとつの涼
さらに水売りには、もうひとつの心配りがありました。
いつも買ってくれる常連客には、陶器の器で水を出していたのです。
陶器は、木や竹の器に比べて熱を伝えやすく、手に触れた瞬間にひんやりとした感触が伝わります。
同じ水でも、器ひとつで涼しさの感じ方は変わってくる。
そんなことを、江戸の商人たちはすでに知っていたのかもしれません。
常連だけが味わえる、もうワンランク上の一杯
それは今で言う「お得意様サービス」のようなものだったのでしょう。
一杯の水に宿っていたもの
氷がない。
冷蔵の技術もない。
それでも人々は、知恵と工夫で「涼」を生み出していました。
水売りが担いでいたのは、水そのものだけではなかったのかもしれません。
限られた資源の中で、いかに満足を届けるか。
そんな江戸の商人たちの発想は、今の私たちにも何かを問いかけてくる気がします。
コンビニに行けば「氷」は簡単にいつでも手に入ります。
なんならアイスも沢山売っている。
家に帰れば、エアコンが涼しい風を届けてくれます。
外出先でも、ハンディー扇風機や冷感グッズが充実しています。
井戸の水を汲み、布で冷たさを閉じ込め、わずかな砂糖で贅沢を演出していた時代
それに比べると私たちはとても恵まれたありがたい時代を生きています。
時代に感謝ですね✨

